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ヤプーズマーケット物語編==>小説の場合は「題名欄にタイトル名+連番等」

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ユニットバスで  投稿者:やぷ  投稿日:2007年 7月27日(金)19時24分35秒
   ある会社のOLたちは、給湯室で会話をして盛り上がっていた。
 男をさそってきて、裸でユニットバスに閉じ込めることを思いついたのだった。

 女性たちはヤプーに、餌皿に盛られた女性達の排泄物しか与えない。
 はじめのうちヤプーは、頑なに拒みそれをトイレに流していた。しかし
5日後、ついにヤプーは空腹に耐えかね、自分のものを食べようとした。
 ところが、女性たちが与えるものの方が圧倒的な大きさだったので、
空腹を満たすため仕方なく、少しづつそれを食べるようになった。

 エアコンの効いた部屋の方では、女性たちが監視カメラに映っているヤプーを
見ながら、会話をたのしみ、豪華な食事とお酒をとっているのだった。

 ヤプーはしだいに、自分の食事をもらうために進んで、餌皿をきれいに洗い、
女性達に差し出すのようになっていった・・・。
 

暇なので書き込みました  投稿者:下僕  投稿日:2007年 7月 7日(土)15時09分3秒
   日常など様々な場面でコントラストというのがはっきりする場合があります。私の場合はあらゆる面で敗者として生活しております。そこに存在する感情は「惨めさ」「自己嫌悪」「無力感」「屈辱感」です。しかし世の中には不条理と思える勝敗が明暗を分ける場合が存在します。私はその不条理がもっとも人間のサガというものを具現化していると考えています。逆にいえば不条理や合理性の欠くケースをどれだけ承服できるかがストレスを感じないで生活を送れるコツのような気がします。
 私の出だしは学童期に異性を意識し始めてストレスを感じ始めました。
美醜というのはその時代やその文化において決定つけられるもので人間の属性の一部にしか過ぎないにもかかわらず、未成熟時期の恋愛関係においての窓口において決定的な力量の差異となって跳ね返ってくることに敗北感を感じました。私がもし自己の能力によりそれら外見的醜さを補う能力を身につけるべく努力する性格ではないためすべての根源を自己の外見の醜さに押し付けてあらゆる責任や義務を回避して現在の人格を形成するになったことは先述したので繰り返しませんが、根源的問題を容姿の問題においた理由はおそらく容姿という天・神(爆笑)からの才能の性にすることによりその根源的問題への解決自体の責任も放棄することができたのだと今になって思います。要はこんな容姿に生んだ親のせいであると・・・(爆笑)
 さてそれら根源的問題に一応の解決をみた場合には残されて問題は死ぬまでの暇つぶしにおいて生活費に追われるもんだいとランニングコストが著しくかかる性欲処理の問題ではないかと考えています。
だらだらと毎度前置きが長いのですが、これからが本題です。


「マゾの方の屈辱感について」
 ことさら暴力的なPLAYを好むマゾの方に聞かないと分かりませんが、なぜムチで打たれたりする肉体的苦痛が嬉しいのでしょうか?全く不思議です。身体は大事にしましょう。
手足などが痛いと私のような肉体労働も含む労働者には苦痛で仕事に影響がでてしまいます。身体が資本です、だれも病気になった時に助けてくれる人などいないですよ。また家族をお持ちの方は家族に心配をかけてしまいますし、また最近のニュースでも分かるとおり昔からいいますよね「医者は人殺しの免許をもっているのと同じ」なのであまり病院なる場所にご厄介になるのはどうかと思います。まあ私とは違うセンスの方のようなのであまり言及しませんが
内容はともかく人間便器になりたがる方や足の匂いを嗅がされたがりの方も総じていえるのは「屈辱感」を感じたいという欲望から行う行為なのだと考えられます。ではその「屈辱を与える側の人間」はどんな方がお好みなのでしょうか?
「美人」「傲慢な女性」「馬鹿っぽい女性」???ですか「男性」ではだめですか??
ではお好みの相手以外にそのような行為を強要されたらどうですか?怒りますか?本当の屈辱と感じますか?・・・嫌な相手から嫌な行為を無理やり行われるのが「本当の屈辱」ならば、好みの相手から行われる行為は屈辱ではないということになりますよね、では屈辱という感覚ではないですよね・・・・
長年の疑問なのですが「屈辱」とはどういうことなのでしょうか?
私にとって屈辱とは絶対に死んでも嫌な相手に嫌な事をさせることを指します。よってそのような苦痛に対して射精するにはそれなりのトレーニングが必要だと考えています。
ではなぜそのようなトレーニングを積み屈辱慣れをして射精してすごしているのかという疑問に対しては以下が答えです。
嫌な瞬間とズリセンをする瞬間をイメージの中で一致させることにより、素早く時間とお金をかけずに迅速に性欲を処理するためです。



 「空想・妄想と現実と自己欺瞞について」
 マゾの人に限らず、実際に女性に手出しできない小心者や手を出したくても相手にされない無能力者などの人間にとって疑似体験できるAVビデオ・DVDは福音書であることには間違いありませんが、中には私の様に幼稚な頭脳しか持ち合わせていない視聴者もいます。問題はその幼稚さの質です。あくまで空想・妄想と捕らえてコソコソと薄汚い汚れた安アパートの一室でシコシコと汚いザーメンを垂れ流しているだけならばいいとされていますが、じつは大きな問題が隠れています。
たとえばある美人を強姦してその巨根で女性をイカセテしまう物語であったり、ある美女にアプローチするも睡眠薬を飲まされ気がついた時はその美女の部屋に監禁されズーとペットのように扱われその美女の性奴隷とされていまうという男性にとって都合のいい物語を見ながら、私のような醜いキモい男性がズリセンした場合射精する瞬間にその都合のいい物語の主人公になって射精してしまう訳です。とんだ勘違いをしながら射精するわけです。いい加減目を覚ましてください。自己欺瞞は止めましょう。勘違いは間違いのもとです。自己矛盾はいつか綻びが出ます。
多分世の中のフェミニストという人種がAVを禁止したがる無意識の理由には勘違いを止めて欲しいとの意向があるような気がします。AVを見ている男性は恐らく何らかの理由で自分の射精に伴う瞬間に張り付いているストーリーが現実に実現しずらいストーリーが多いのだと思います。さてそれら実現しがたい理由を分析してみたらいかがかと思うのです。だれも本郷猛にはなれませんしウルトラマンも存在しません。それは理解できてもAVではあくまで自己を投影できうる役者(特に男性役者)なわけですから投影可能と考えてしまう傾向にあるのかもしれません。多分それが投影可能な場合ならば容易にパートナーが見つかるはずです。それが叶わないならばその絵空事に自己投影することは自己欺瞞かつ自己矛盾だと思うのです。
かつてSMクラブにてある女王様が「いやお前(下僕)みたいなブ男にもし痴女PLAYして欲しい」なんていわれたらどうしようかと思っていた。と大爆笑されたことがあります。以前客でどうみても「ジャニーズ系の正反対の逆美男子」に痴女PLAYをリクエストされ気持ち悪いやら屈辱やら滑稽やらクサイやら吐き気をこらえるのに必死だったというお笑い話があります。無論仕事ですからカスタマーへのサービスの気持ちは必要でしょうがあまりにも現実自己をしらないのは周りを含め全てを不幸にしてしまいます。
実際私は最近では一切PLAYをしなくなった理由のひとつに私のような醜い容姿の男性の場合にそんなものに「蒸れた足」をなめさせるのも嫌だと女性様はお考えになってるはずだと思っているのも大きな理由です。



暇で仕方ない貧乏人の醜い容姿の37歳低所得者でした。
 

暇なのでまた考えてみました。  投稿者:下僕  投稿日:2007年 7月 1日(日)11時28分7秒
   よいSMライフとは何かを模索してみました。
といっても私の場合は大変にフリーキーな前提条件がたくさんあるため多くの方とは見解がずれるのですが・・・
まずしつこいくらいお話していますが私の特長には以下重要な問題点を抜きには考えられないので先に記しておくと、
(1) 人間関係を構築することができない神経症患者である点
(2) よって人間関係を避ける自身の考え方、ならびに社会適用性能力の欠如のため収入が著しく低いため性欲処理に係る経費捻出の限界
(3) これらをフォローするがために妄想と想像で補完するためSMライフにおける物語への共感点が他者と遊離する傾向が肥大していること
などなどがあります。
では数少ない実体験から考えてみました。
以前も書きましたが、私の現在の年齢は37歳です。(1970年生まれ)
実際もっとも最近行った実際のPLAYは32歳の時のカップル様とのPLAYでした。そのカップル様は20代でお世辞にも美男美女のカップルとはいえず(私よりはマシですが(爆笑))社会の底辺カップルでした。そのカップルにさせていただけてことは女の足の臭いを嗅がせてもらった事と男の小便器の経験をさせられたことでした。係る経費はホテル代と謝礼などで約¥40000といったところでした。ズリセンをするときのネタのときの実感部分としてその男性の小便を口の中に含まされたときの感覚を流用する時に使う実体験です。
20代の頃は足フェチ関係の専門店やSMクラブにいくも全然望みのもの(程よい足の臭いと徹底的に馬鹿にされるさげすみの言葉責め)など叶うこともなくお金と時間の無駄だったことが多いと回想しています。しかしながら美人(といっても皆さんの審美眼ではかれば大したことはない女どもでしょうが)の女としゃべる機会にどれだけ自分が緊張するかという経験値としての意味くらいでしょうか・・・
現実の社会生活では以前いた会社ではいわゆるブス・ババア・デブ・中途半端などの女が多かった点やそれら以上に仕事自体のストレスや面倒くささなどが先立ってしまいズリネタなどに流用することはなかったですね。その点で自身気がついたことなのですが私は中学までは男女共学で高校は男子高そして大学時代は神経症その後はバイトで(人と会うことの少ない業種)でしたのでその頃(16〜28位)まではたとえば単語「女子高生」「女子大生」「OL」「モデル」「受付嬢」「秘書」「スチュワーデス」なる単語の響き自体から連想するイメージを美しい女性というイメージに容易に還元することができしかもそれら人種との交流がない現実も後押しして神格化し渇望の中少しのトリガーでオナニーが成立していた時期だったと思っています。
私が違和感を感じるようになったのは実際の社会において「疲れ果てた女」「生活にパツパツでテンパイな女」なる存在を目にするようになりそして先にあげた理想の美人ですら年齢を重ねると不幸になる傾向があることをかいまみるようになった頃からSMセンスに変化がでてきました。
理想の若くて美人の勝ち組においてでも「ナチュラルの勝者」なる人間などいないわけで私が渇望していた人物など存在しないことと確信するに至りました。(無論いるのかもしれませんよ私がしらないだけで)
そうなると最も楽しいスタイルはどんなスタイルか?と考えるなら若干んもリアリティーを味付けとしつつもほぼ9割がたは妄想と想像において楽しむのがベストなのではないでしょうか?

G馬場とA猪木は戦わなかったからこそ我々に夢を与え続けたのだと思っています。
実際にどちらが強いかなどどうでもいいことです。なぜなら2人とも役者でしかなくまた事実2人が戦う事が成立するならそのカードが興業として組まれた時点で勝敗は脚本家によって決定しているはずです。その脚本家のプランと我々見る側の好みがずれていたら面白くないのではないでしょうか?第一他人の決めたドラマなど面白くないから「変態」という性格を選択したのではないでしょうか我々は・・・・

とはいえ私の妄想にもいくばくかの実経験や実感が必要です。それを最小限のパワーと最大限の合理性をもってしてスマートにスムースに入手することがこれからのSMライフの課題です。

暇で暇でしかたなくネットをみることしかお金のかからない趣味が思いつかない醜い容姿の神経症患者37歳でした!!
 
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